Reggio Emilia Approach in HOME
レッジョ・エミリア アプローチ in HOME
子どもと関わり合う方々へ向けて、私と子どもの日々を伝えたいと思います。
「子どもは研究者」
イタリアのレッジョ・エミリア市で0歳から6歳までの子どもたちの無限の可能性を引き出し、一人一人の個性やアイデンティティを尊重する “レッジョ・エミリア アプローチ” を学んだ私は、誕生したばかりの子どもと遊びという名の研究をしています。
生まれたての子どもは世界をどのように知るのだろう?
生後2日目の子どもがおしゃぶりを片手で必死に押さえていました。小さなベビーベッドの上で、おしゃぶりが口から外れないように固く握った拳で支えていたのを見たとき、胸が熱くなりました。
おしゃぶりを押さえることをどうやって知ったのだろう?
転がり落ちないようにする方法をどうやって発明したのだろう?
小さくて勇敢な「研究者」は私にたくさんの問いを与えてくれます。その一つ一つの問いに私や私たちを取り巻く人たちが仮説を立てながら向き合う毎日は、虫メガネで宇宙を覗き見るようなことかもしれません。
私たちの研究は何かを証明するための科学的な実験ではありません。生まれたての子どもが世界と素敵に出会うことを支えるため、愛情を持って過ごす日々を綴ったものです。
イタリアでたくさんの子どもたちやその家族、ペダゴジスタ(教育専門家)やアトリエリスタから教わったことを心にとどめ、家でじっくり “研究” したいと思います。
2023/8/1 Ayaka
「オーイ!」30日目

生後3日目に「アー」「ウー」と声を出し始めた。だんだん、「エー」「コロコロ・・・」と、違う声によるおしゃべりが増えてきた。はっきりとした顔つきで自らの意思で声を出している。
生後30日目。顔の表情がどんどん豊かになってきて、泣き方を使い分けている。暑かったり寒かったりするときは顔を赤くして口を四角に開けて泣き叫ぶ。お腹が空いているときや眠いときは大きな声で・・・。ちょっと構ってほしかったり、抱っこして欲しいときは目を丸くキョロキョロさせて口をすぼめながら泣く。泣くと言うより、呼ぶ方が近い。「オーイ」と言っているようだ。一人でいても平気なときは手と足を動かしながら宙にたくさんの声を出している。
何をしようか考えている間にどんどん成長していく。なかなかすぐにアイディアが思い浮かばず、体は機敏に動かない。そういえば、レッジョの保育園でアトリエをしていたとき、生後1ヶ月の子どもたちと出会わなかった。だって、生後3ヶ月までは保育園に通うことができないから。
今はそばにいて、子どものことを考える、知る、自分の子ども時代を思い出す時間なのかな。
「ここが好き」55日目
生後55日目。久しぶりに散歩に出かけたら、とても緊張していた。目も顔も体も強ばらせて公園を一周。帰り道は少しだけ表情が緩んでいた。驚いたのは家に着いてから。いつもの自分の布団の上に戻ると、満面の笑みと大きな声で嬉しさが爆発していた!手と足をしっかり伸ばして口を大きく開けて、「自分の居場所はここ!」という気持ちだったのかな。全身で、「ここが好き」を表現していた(と、思う)。
生まれたばかりの子どもはどうやって環境を感じ取るのだろう? 視覚だけではなく、あらゆる知覚をとおして居心地の良さを感じ取っている。お腹の中から外界に出て、病院、公園、自分の家、保育園や幼稚園・・・さまざまな環境を感じれば感じるほど、自分の好きな居場所が作られていくのかもしれない。そろそろ子ども部屋を考えなくては。
「て、手、mano 」
手から生まれた我が子。助産師さんから、頭の次に肩が出て、回転しながら生まれ出てくるのが普通と聞いたけれど、我が子は頭の次に・・・「ハーーーイッ!」と、手を上げながら生まれたそう。
手はすごい。ぎゅっと握られていた生まれたばかりの手が開いたり閉じたり、そして手のひらを返してみたり、指を細やかに動かせるようになり、力を込めて握る、引っ張る、離す。手のポテンシャルに感動。
ありがとう。これまでの私の人生を支えてくれた自分の手に感謝のきもち。
「絵本」4か月

出産準備で一番初めに購入したものは絵本だった。絵本からたくさんの世界を知ることができるから。
子どもが1か月を過ぎた頃から絵本を読み始めた。ある時から主人公を目で追ったり、触り続けることが多くなった。鳥を掴もうとしたり、海をなでなでしたり、手のひらで主人公をまあるく撫でている。
そうか!「絵」は平面であることを確認しているのかもしれない。実在していなくても、絵として平面で存在することができる。改めて、知る。絵は平面。